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雨森芳洲以前の対馬人と朝鮮語に関する研究

定価: 6,600 (本体 6,000 円+税)

古代から17世紀までの日本と朝鮮半島の交流と対馬人の朝鮮語能力の推移から、この時代の外国語習得が周辺の政治・生活・教育環境に影響されていた事を検証した。

【著者略歴】
鄭 惠遠(Jung Hyewon)
韓国忠清北道陰城生まれ
平成24年3月 神戸学院大学大学院人間文化学研究科修士課程修了
平成28年9月 神戸学院大学大学院人間文化学研究科博士後期課程修了
博士(人間文化学)
現在 有限会社リディアコーポレーション代表取締役
目次を表示します。
序文
本論文の目的と構成
第1部 古代対馬人の周辺状況と多言語習得能力に関する研究
  Ⅰ はじめに
  Ⅱ 研究方法
  Ⅲ 本論
 第1章 縄文期より紀元前3世紀ごろまでの対馬人の多言語能力
   1-1 紀元前3世紀ごろまでの対馬と周辺地域との関係
   1-2 紀元前3世紀ごろまでの対馬人が使用していた言語
 第2章 紀元前3世紀ごろから紀元3世紀ごろまでの古代対馬の言語
   2-1 『後漢書』より
   2-2 『三国志』より
    2-2-1 「夫餘」の記載より
    2-2-2 「高句麗」の記載より
    2-2-3 「東沃沮」の記載より
    2-2-4 「挹婁」の記載より
    2-2-5 「濊」の記載より
    2-2-6 「韓」の記載より
    2-2-7 『後漢書』と『三国志』に記載されている朝鮮半島の状況を
         まとめる
    2-2-8 『三国志』「魏志倭人伝」の記載より
   2-3 『後漢書』『三国志』の中から読みとれる紀元2世紀ごろの対馬人       の言語能力
 第3章 対馬という名称から古代対馬人の言語能力を読み取る
   3-1 古代の書物に記載された対馬の名称から対馬を検討する
   3-2 『中国正史』に記載された主要な日本の地名、人名などの固有名      詞から古代対馬を検討する
   3-3 対馬という名称から読める古代対馬人の言語能力
 第4章 4世紀から10世紀の対馬の状況と対馬人の言語能力
   4-1 この時期の大陸と日本に残された記録より対馬の状況を読む
   4-2 平安時代の対馬と近隣地域の経済状況を示す記録から対馬を検      討する
   4-3 7世紀に対馬より銀が産出されたが、『宋史』と日本の書物に残さ      れたその銀に関する記載より対馬を検討する
   4-4 周辺状況から推測できる4世紀から10世紀ごろの対馬人の言語       能力
    4-4-1 対馬の人々に外国語能力がなくなっていたことが読みとれ           る記録を示す
 第5章 10世紀以後の対馬人の周辺状況と言語能力の変化
   5-1 10世紀から11世紀の東アジアの変化と対馬の関係
   5-2 対馬に残されている高麗からの輸入
   5-3 11世紀以後の対馬人の言語能力
  Ⅳ まとめ
   注
第2部 平安時代後期の対馬人の朝鮮語能力の研究
  Ⅰ はじめに
  Ⅱ 研究方法
  Ⅲ 本論
 第1章 新羅末期の倭人(対馬人)の朝鮮語能力
 第2章 無交渉時代
  2-1 10世紀初の朝鮮半島(高麗王朝)と日本(朝廷・対馬)の関係
  2-2 「物語」の中の高麗
  2-3 鴻臚館での交易
  2-4 無交渉時代の対馬の状況
  2-5 無交渉時代のまとめ
 第3章 飢餓難民と遭難者保護の時代
  3-1 難民の高麗への移住
  3-2 刀伊の入寇と拉致
  3-3 遭難者の保護
 第4章 朝貢の始まり
  4-1 朝貢の記録
  4-2 対馬からの朝貢
  Ⅳ まとめ
第3部 14世紀末から、雨森芳洲が朝鮮語教育を始めるまでの、対馬人と朝     鮮語の関係について
  Ⅰ はじめに
  Ⅱ 先行研究と本研究の意義と研究方法
  Ⅲ 古代から中世にかけての対馬人と朝鮮語の関係
  Ⅳ 本論
 第1章 三浦の乱までの倭館で生活していた倭人(対馬人)と朝鮮語の関係
  1-1 向化倭人の朝鮮語能力について
   1-1-1 高麗時代の向化倭人
   1-1-2 朝鮮時代の向化倭人
  1-2 恒居倭人の朝鮮語能力について
   1-2-1 応永の外寇までの恒居倭人
   1-2-2 応永の外寇後の倭人と倭館の関係
   1-2-3 倭人と朝鮮人との交流再開
   1-2-4 応永の外寇後の倭人の朝鮮語能力
   1-2-5 新しい言語誕生の可能性
   1-2-6 朝鮮語を理解しない渡鮮倭人の増加
   1-2-7 朝鮮語が上達した倭人の記録
  1-3  受職倭人の朝鮮語能力について
   1-3-1 初期の受職倭人の能力
   1-3-2 朝鮮語習得が不十分だった受職倭人
  1-4  通事の記録から
   1-4-1 朝鮮側の倭通事
   1-4-2 日本側の朝鮮語通事
   1-4-3 朝鮮人倭通事が関係した事件
   1-4-4 倭人の朝鮮語通事が使用されなかった理由
  1-5  三浦の乱までの倭寇の言語について
   1-5-1 高麗末期の倭寇
   1-5-2 応永の外寇前後の朝鮮人俘虜と倭人との会話
   1-5-3 済州島人と倭寇の関係
   1-5-4 朝鮮語能力の地域差
 第2章 三浦の乱前後の倭人の朝鮮語能力について
  2-1  三浦の乱前後の倭人と朝鮮語の関係について
   2-1-1 乱直前の三浦の倭人とその社会
   2-1-2 乱後の倭人
   2-1-3 乱後の対馬島主の対応
   2-1-4 浦所での倭人
  2-2  三浦の乱後の倭寇
   2-2-1 朝鮮語を話す倭寇
   2-2-2 乱後の倭寇の構成員
 第3章 『老松堂日本行録』に残された朝鮮語の記録
  3-1 『老松堂日本行録』の主要な登場人物について、登場順にその語学     力について考察する
   3-1-1 無涯亮倪
   3-1-2 孔達 従事官(秘書官)
   3-1-3 僧正祐(文渓)
   3-1-4 尹仁甫(倭通事)
   3-1-5 早田万戸三美多羅(早田左衛門太郎)
   3-1-6 金元(押物)
   3-1-7 表三甫羅(兵衛三郎)
   3-1-8 平方吉久(陳吉久)
   3-1-9 魏天(朝鮮語通事)
  3-2 前述した登場人物以外の朝鮮語能力について
   3-2-1 朝鮮で出会った使送倭人
   3-2-2 俘虜の唐人
   3-2-3 空寺の僧
   3-2-4 博多の民衆
   3-2-5 博多で出会った禅宗の僧
   3-2-6 兵庫の代官と民衆
   3-2-7 船軍通事李金
   3-2-8 京都での外交交渉関係者
   3-2-9 京都での滞在中に接した人々
   3-2-10 帰路で出会った人々
 第4章 室町幕府の朝鮮半島との外交と言語の関係
  4-1  室町幕府と高麗との外交で使用された言語
   4-1-1 高麗からの使者と言語
   4-1-2 僧録と外交で使用された言語について
   4-1-3 高麗朝廷での口頭での抗議
   4-1-4 幕府の博多での外交能力
   4-1-5 幕府の高麗語(朝鮮語)と中国語に対する考え方
   4-1-6 幕府以外の有力者と高麗語(朝鮮語)の関係
   4-1-7 室町時代の高麗語での会話について
  4-2  室町幕府と朝鮮との外交で使用された言語
   4-2-1 「鹿苑僧録」の誕生と言語
   4-2-2 朝鮮との交易を始めた地方の有力者たちが外交で使用した          言語
   4-2-3 明の冊封下での幕府の外交
   4-2-4 通事黄奇の記録より
   4-2-5 通事の身分
   4-2-6 倭寇の言葉
 第5章 文禄・慶長の役に関係した対馬人と朝鮮語について
  5-1  朝鮮侵略計画における通事
   5-1-1 侵略と言語に対する秀吉の考え
   5-1-2 侵略計画と言語
  5-2  朝鮮出兵時での通事
   5-2-1 出兵時の禅僧通事
   5-2-2 朝鮮半島での日本語
   5-2-3 朝鮮語通事
   5-2-4 朝鮮で降倭となり受職した朝鮮語通事
 第6章 戦後の日朝交流の復活交渉と朝鮮語について
  6-1  文禄・慶長の役の回避を求めるための交渉
   6-1-1 文禄の役直前の対馬による出兵回避交渉
   6-1-2 文禄の役を終わらせ、慶長の役を回避するための交渉と朝鮮         語通事
  6-2  慶長の役後の外交交渉と通事
   6-2-1 対馬による朝鮮との交易再開交渉の開始
   6-2-2 俘虜の返還と朝鮮からの使者の来日
   6-2-3 対馬からの外交団の語学力と倭館の再開
 第7章 朝鮮通信使の再開と対馬藩接待役の朝鮮語能力について
  7-1  朝鮮通信使再開と日本と朝鮮の言葉に対する考え方の相違
   7-1-1 日本側の言葉に対する対応
   7-1-2 朝鮮側の日本語通事
  7-2  倭館の新しい住人と朝鮮語
   7-2-1 絶影島の仮倭館
   7-2-2 豆毛浦倭館(古倭館)での交流
   7-2-3 草梁倭館
 第8章 雨森芳洲が考えた理想の日朝外交について
  8-1  雨森芳洲の対馬藩仕官
   8-1-1 江戸から長崎へ
   8-1-2 対馬から再び長崎へ
   8-1-3 釜山に渡る
   8-1-4 二度目の釜山
  8-2  雨森芳洲の朝鮮習得
   8-2-1 朝鮮語学習の開始
   8-2-2 朝鮮での芳洲の朝鮮語学習
   8-2-3 朝鮮人通事の日本語学習について
  8-3 雨森芳洲が対馬で行った朝鮮語教育
   8-3-1 雨森芳洲と『倭語類解』
   8-3-2 対馬藩での雨森芳洲の朝鮮語教育の始まり
   8-3-3 雨森芳洲の朝鮮語教育
 第9章 対馬藩以外の通事について
  9-1  長崎の通事について
  9-2  薩摩藩での朝鮮語通事について
  Ⅴまとめ
 結語
 おわりに
 参考資料と参考文献
 参考学術資料
 あとがき
著者鄭惠遠 著
発行年月日2017年08月30日
頁数202頁
判型 A5
ISBNコード978-4-7599-2186-1